拳に込めた怒りは、収まりそうもない。自分が女のふりをしているなんてことも忘れて、夢中でそいつに暴力を振るった。分からない。自分が今何をしているのか。小さい頃に見た正義のヒーローは、こんな風に正義の鉄槌をくだしていたのだろうか。だとしたら、もの凄く痛い。そして、不快だ。
転がってる一人は、腹を抑えて立ち上がろうとしない。まだ元気そうなもう一人に、問いかけた。
腹を殴れば人は黙るのか。胸倉を片手で掴みながら、奴の腹部めがけて蹴りをくらわす。
どう殴れば人は苦しむのか、どう蹴れば人は痛がるのか、そんなの授業でも、ましてやネットで調べたこともなかった。なのに、身体は勝手に動いていて、的確に男の腹部に拳を入れられていた。
胸倉ごと壁に身体を打ち付ける。
掴んでいた襟を離し、床に身体を捨てた。徐々に熱が冷めていく。ああ、もしかしたら自分はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。お父様に怒られるんじゃないか。
男の前髪をぐいと引っ張り、顔を覗き込む。可哀そう。ほっぺ真っ赤になっとるやん。
ひいひいと息をするだけの男に、また熱が上がる。
よし、これでええか。最後に一発頬を殴れば、蹲ったまま立ち上がらなかった。そいつらを残して教室に戻れば、あなたが出ていった時と変わらぬ態勢で座っていた。
髪を梳いてやろうと頭に触ろうとしたが躊躇した。殴り続けたこの手で、彼女に触れていいものか。男の手で、あなたに触れていいものか。
顔を上げて、安心したような顔を見せる。行き場の無くした自分の手をぎゅっと握った。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。