灰崎が鼻で笑うのを聞いて、俺はため息を吐き、空を見上げた。
煌々と光る満月が俺らを称えてくれとるように感じた。
あいつらを追い始めてからずっと、下を向いとったんやと初めて気付く。
灰崎と俺……伊音スズは同期、せやから灰崎の奥さんは付き合うた当時からの知り合い。
灰崎は出世して上司やけど、俺らの関係は変わらんままや。
ブツッと切れたのを確認して、俺はスマホをポケットに入れた。
暗い夜道に一人で歩いとるのがなんか悪いことをしとるみたいなドキドキ感があって、いつもはせえへん鼻歌を歌い、スキップをする。
家まであと500mなのを示す曲がり角を鼻歌を歌いながら曲がった。
いつもなら警戒するのに、調子に乗っとった俺は振り向いてしもうた。
その瞬間、黒ずくめの男に抱きつかれ、鼻から口元まで柔らかい布で塞がれた。
嗅がされとる薬はすぐに効かんのはわかっとるし、深呼吸したら余計回るのは確実。
でも、穏やかな声で言われたら、やってまうよな。
ゆったりと高い声でもう誰だかわかっとるのに、身体の力が抜けてきたから逃げれへん。
このやろうとうわ言のように言うて、俺は朦朧としとる意識を手放した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!