しばらくすると、女の人の腹が奇妙に膨れ上がってきました。女の人のぐったりと寝ている日が増えました。
腹が膨れ続けて、弾けて死んでしまえば良いと呪いました。
またしばらくしたある日、女の人は部屋に籠もって、いまにも死にそうな声をあげてのたうちまわっていました。
そのまま死んでしまえば良いと呪っていると、ほにゃあ、ほにゃあ、とまた妙な声が響きました。猫のような声でした。
同時に女の人の疲れたような、嬉しそうな声がしたので、まだ生きているのかと口をへの字にしました。
それにしても朝からわたしはほっぽり出されていて、おなかが空いたなあ、とぼんやりしていました。
何時間もして、ようやくあのひとが部屋から出てきました。
腕に白い布包みを抱えていて、はらぺこで機嫌を損ねたわたしにそれを見せてくれました。
「ほらローレライ、見てごらん。君の弟だ」
ああ、わたしはあの瞬間を、生涯忘れないことでしょう。
柔らかそうな細い髪、赤らんだまるい頬。
あのひとにそっくりの垂れ目を閉じて、ちいさな人間が眠っていました。
わたしは感動と歓喜にぷるぷると震えて、そのちいさな人間から目が離せませんでした。
弟という生き物だ、とあのひとは教えてくれました。
「名前は祐だよ。--ほら祐、見てごらん。君のおねえちゃんだ」
祐と呼ばれた生き物は目をさまして、見えているのか分からない瞳で曖昧にわたしを捉えました。
その瞬間、まわりの音はすべてかき消え、まばたきは意味を成さず、時と水は粘り気をもってゆったりと流れました。
触れたい。
この金魚鉢を飛び出して、彼の柔らかい頬に触れてみたい。
……それが、生涯で二度目の、恋の始まりでした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。