祐はすくすくと成長しました。
二本の足でしっかりと歩けるようになり、自分で食事をして、着替え、はきはきと喋り、家中を縦横無尽に跳ね回りました。
そうしてわずか数年で立派な人間になり、制服で幼年学校へ通い始めました。
「い、ろ、は、に、ほ、へ、と……「ろ」はローレライの「ろ」だ!」
また数年して、祐はもっと難しい学校に行き始めて、そして髪を全部剃ってしまいました。
野球の試合に出るのだと意気込み、汗と泥にまみれて帰ってくるようになりました。
わたしのことなんてすっかり忘れてしまっだろうと思えば、時折あのひとに代わってごはんの小魚をくれました。
そういうまめな所が、愛おしいのです。
祐はまた制服を変えました。
軍に入って、お国のために死ぬのだと毎夜遅くまで帰ってこなくなりました。
随分背が伸びて、日焼けした肌に父親譲りの垂れ目が際立ち、木彫りの像のような武骨な優しさを備えていました。
深緑の軍服に身を包み、帽子を被って直立した祐の姿は、もう何処から見ても立派な軍人さんでした。
宙返りをしても、彼はもうにこりともしてくれません。
……わたしが彼にできることは、もうなんにもなくなってしまったのです。
祐と対照的に、あのひとはだんだん疲れた顔をするようになり、白髪が増え、背中が曲がってきて、ある時ついにお仕事を辞めました。
腹立たしく綺麗だった女の人も、皺が増え、見る間にみすぼらしくなりました。
そしてあのひとと祐に見守られながら死にました。ああ憎くても死んでみれば呆気ないものだなあ、と思いました。
しばらくして、それまで全くと言って良いほど女っ気のなかった祐に、ようやく春が訪れました。
白無垢のよく似合う、背の低い女の子が、祐のお嫁さんでした。
その日、お下げ髪の可愛らしい女の子が、男所帯だった家に棲み始めました。あかね、というそうです。
分別のよくできた慎ましい子でした。くるくるとよく働き、筆まめで、おっとりしたお嬢さん。
いつも控えめに微笑んでは、金魚鉢の中のわたしと遊んでくれる、良い子でした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。